四季の風景、春夏秋冬、街並み

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営業的な失敗・・・

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    過去を振り返ると、ついつい大きな仕事をした自慢話になってしまい
    なんだか、すごく・・こうして書いていても嫌悪感が出てきます。

     
    たまには、失敗話をします。

     

     

    失敗といえば、やはり、駆け出しの頃・・と言ってももう三十になってましたが・・

     

     

    私は普通大学の経済学部出身で美大とか出てなく、夜間のグラフィックデザインの専門学校に3年通ってました。
    それで普通のイラストレーター の方々よりスタートが遅いんです。

     

     

     

     

    話を戻します。

     

     

     

     

     

     

    フリーランスになったのは27歳の後半ぐらいだったかと思います。

     

     


     
    前の記事に書いたように、フリーのイラストレーター の求人広告を見てはせっせと
    ほとんどが中小の制作プロダクションが多かったように思います。

     
    勤務した経験は小さなデザイン事務所で2年ぐらいです。
    学校出たばかりで、ほとんど版下という印刷屋さんに回す最終原稿を作る仕事が多かったですが
    マニュアルのレイアウトや、たまにロゴぽい物を書かされたりしてましたので
    ポートフォリオにはピクトグラムのような作品もあり
    ある、デザイン事務所に売り込みに行った時に、

     

     

    小さな病院のピクトグラムの仕事をいただき20数点制作しました。

     

     

    版下の仕事をしていましたので烏口やらスプリングコンパスなどを使うのには慣れていましたので
    デザインが好きな事も相まって楽しい仕事ではありました。

     

     

    無事に納品して OKをもらって、

     

     

    請求金額を聞かれた時に、

     

     

    小さなデザイン事務所と行っても三十人ぐらいはいましたし。ADの方も良い感じで

     

     

    なんか信頼できそうで、

     
    頭の中では1点2万は行くだろうとは思っていましたが
    ほとんど、こう言った仕事の相場がわからず、



     
    つい・・・



     
    「金額はお任せします」と言ってしまった。

     
    その後、振り込まれたのは1点3000円にも満たない金額で
    私は、それはないと思い、会社に電話しましたが・・
    あなたは、「お任せしますと言ったでしょ」と言われ
    自分の社会に対する姿勢の甘さに身にしみました。
    以後、向こうが提示してこない限りは自分の欲しい金額をはっきり言わなければ
    厳しい社会を生きていけないと自分に言い聞かせました。

     

     

     

     

    ビジネスマン、定年

     

     

     

     


    (C)KAWANO RYUJI

     

     

     

     

    JUGEMテーマ:お仕事のイラストレーション&デザイン


    渋谷のキャラクター管理会社のこととか・・

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      アナログでまだ描いていた最後の頃、渋谷にあったャラクター管理会社が立ち上がった時、
      すぐにキャラクター作品を登録した。
      ここの会社、メインはキャラクター管理でしたが
      イラストのエージェントもやっていた。
       
      他のエージェントでB2のパズルが商品化できたが(下記のイラスト参照)
      その作品をこの会社にあづけたがジグソーパズルなどを売り込んでもらったが、私は商品化に至らなかった。
      アナログでごちゃついたイラストを書いていくのはかなりしんどかった記憶がある。
      毎日画面を埋めていくのが時間との戦いで、そうそうやりたくはなかったが
      それなりの料金が出たので他の仕事を断って2点のパズルにかかりきりになった。
       
      キャラクター イラスト 
      (C)KAWANO RYUJI

       
      渋谷にあったャラクター管理会社の話に戻りますが、
      (現在は社長の死去で会社はなくなったようです)
      色々なテーマパークが地方で流行りだした頃、お話は2〜3きましたが、
      大きな仕事で地方自治体や広告代理店も絡み、かなりうちあわせは続いたが
      地方自治体が緊縮財政を取り始め、いつしかお話は消えていきました。

       
      私のデジタル移行期の最中に東京の某信用金庫からマスコットキャラクターの
      お話がきました。
      あづけていた、犬のキャラをみてご指名がかかり
      あっという間に決まりましたね。
      代理店は凸版印刷金融センターだったと思います。
      このキャラは年間契約で使用料をもらう条件でした。
      それほど高くはなく、年間50万ぐらいの金額だったかと思います。

       
      キャラクター イラスト 
      (C)KAWANO RYUJI
      でも最初の政策はキャラポーズ16点ぐらい書きました。
      あづけていたイラストがアナログで描いていたので
      最初はアナログで描いてましたが、途中から色々不便を感じてデジタルに変えました。

       
      最初のポーズ制作料と年間契約料で初年度はよかったですが
      次年度からなんだか契約更新のたびに年間使用料が下がりだし
      10年ぐらい使ったと思うのですが、最後には30数万になりました。
      評判は悪くはなかったように思えます。
      知り合いの人も「見たよ〜」とかよく言われました。
      このキャラのティッシュをどこかで配っていたらしく
      それを見た浅草のSP会社から声がかかった記憶があります。
      やはり露出ですね〜
      浅草のSP会社を訪問しましたが、結局仕事にはなりませんでしたが。
       
      浅草によったついでにあるも江戸情緒の木版画ギャラリーにふらっと入り
      オーナーと世間話をしているときに、SP会社に持っていたポートフォリオがありましたので
      それをお見せたのがきっかけで、家に戻ってから連絡がきて
      デジタルプリントとポストカードを委託販売していただくように
      なりました。このお話も長くなりますのでまたその後に書きます。

       
      私のキャラクターが営業してくれた結果ですね〜
      人の出会いの縁は不思議なものです。

      JUGEMテーマ:お仕事のイラストレーション&デザイン


      キャラクターの値段・・制作費?料金?使用料?許諾料?

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        昔30代の前半ぐらいまで、まだまだデジタルの世界ではなく、
        アナログ主流の世界で、イラストの世界も混沌として、メディアも紙媒体、テレビ・ラジオ
        ぐらいしか媒体がなく、知的財産権とか著作権の意識もなく
        世界は今までのなんとなくの商習慣が支配してたような気がします。


        キャラクターの仕事が入っても、契約書だの著作権の所在が誰にあるとかの
        話は何もなく、特に版権会社が噛んでない仕事は全て、これいくらで請け負うみたいな
        一般の仕事感覚がで物事進んでいたような記憶があります。


        イラストのエージェントの営業のかたもそういった知的財産の意識もあまりなく
        悪いイメージの言葉で言えばブローカーですね。
        この仕事取って来たから、いくらでやる?とかこの料金でやってよ〜
        みたいな意識で、それが自分も当たり前みたいな
        感じで、わからないまま仕事をしていました。


        文書で仕事の仕様書があるわけでもなく、電話で聞くものですから
        聞き間違えや忘れたかのトラブルも多くあり、
        なんか、良い意味で言えば、のんびりした曖昧な世界でした。
        それが通用するまだアナログチックな古い世界でした。


        電話で60万でキャラクターお願いしますときかれ
        これは美味しいしごとだと思い仕事が進行して
        最後に請求書を出す段になって
        「60万ですね」と念を押すと、
        「いや160万ですよ」と言われて
        私は聞き間違えていたんですね。
        嬉しい聞き間違いですが・・
        なんとも一桁違っていたとは


        そのキャラクターは著作権譲渡とも何も先方は言ってこないし
        こちらはそのまま160万貰えば良いし
        そのキャラクターをあとで使うとか何も考えてなく、
        普通の仕事として請け負って工事が終わって、代金もらったという感じです。


        100万以上となれば裁判沙汰になれば著作権譲渡したものと思われて良い金額ですが
        その後、クライアントはそのキャラクターを展開するわけでもなく
        ある企画が不成功に終わって、おしまいという展開でした。


        地方の結婚式場の仕事で新聞広告、TVCF、ポスターなど作ったみたいですが
        新聞広告、TVCFのコピーをもらっただけで
        あとは時間が経って、うやむやでしょう。
        実際、キーワードいくら入れ直しても全くこのキャラクターはでてきませんね
        自分の年齢から行けば当時の関係者は全て会社にもいないでしょうし
        文書も残っておらず、そもそも契約書など、ないし、発注書もないし、あるとすれば請求書カモですが
        30年前の請求書が残っているとは考えにくいですね〜


        そう考えますとデジタル社会の現在はデータはいつまでもコピーを繰り返され
        残っていますから・・
        なんでもきちんとしないといけなくなりましたが


        なんでも価値がますますフラットになり・・・
        キャラクターの価値をもフラットにしていきます。低料金化、メディアの多様化により著作権譲渡が当たり前に・・
        キャラクターの版権会社がもうあまり成り立たなくなっているのは
        良いのか悪いのか・・・・


        キャラクター イラスト 

        (C)KAWANO RYUJI
        某地方結婚式場キャラクター

        JUGEMテーマ:お仕事のイラストレーション&デザイン


        初めてのキャラクターアニメ化

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          最後に来た、大阪の版権会社から来た仕事は
          関西方面の酪農協同組合から乳酸飲料を発売するということで
          そのパッケージのメインキャラのお仕事でした。
          (掲載イラスト)
           
          コンセプトは「元気な子供」だったかと思います。
          先方の要望は昔よくいたガキ大将みたいな活発な男の子みたいなイメージ
          ということでした。
           
          あまり考えずにさっとラフを数点書いて、最初に浮かんだ裸足で駆け回り
          坊主頭の男の子でした。これをキャラクターなので可愛くし、今でもいるようなイメージを持たせ
          これを飲めば健康で元気が出るぞーみたいなイメージです
          このキャラネーミングが商品名にもなっていた。
           
          最初のイメージですんなり決まり、
          作業的には
          墨線のラインに色指定ですから
          楽は楽でした。
          契約は大手のH広告代理店と版権会社の契約で私は版権会社の条件でそことの2次契約でした。
          商品的に飲料のロイヤリティー契約は無理ですし馴染まないので
          著作権譲渡なし一括使用料だったと思います。


          はっきりした金額はちょっと伏せますが、
          悪くはなかったっですが、色々な媒体に使用するにしては
          安かったのかなと今では思っています。

          今はこういう仕事自体がもうないのでしょうね〜?
          ネットのキャラ制作料金を見ても
          数万円がいいとこですね。それにほとんど著作権譲渡です。
          だから、イラストレーターは自転車操業を余儀なくされます。
          クリエーターにはネットでブラックな世の中になったと思います。


          のちに、ノベルティーグッズやTVCFが作られますが
          TVCFは数点(10点ぐらいのポーズ)を書いた記憶があります。
          TVCFはは実写とキャラの組み合わせでした。
          アニメの制作会社は学研クリエィティブが担当で
          東京にありましたので、
          そことの打ち合わせを数度しました、その中で実写部分のタレントのオーディションに
          審査員として参加させていただいた時は
          自分がなんか偉くなったような気がして嬉しかったですね。
          目の前で、演技やら、審査員の質問に答えていくタレントの真剣さが伝わって来ました、
          ほとんど名前の知らない無名のタレントでしたが、どこかの劇団員とかが多かったように記憶しています。
          こう言った芸能の世界も厳しいな〜と感じました。

           
          その後、完成アニメをビデオで送って来ましたが
          アニメ部分は自分が書いたキャラよりいいじゃないと内心なんだか複雑な思いでした。

           
          その後、ここの版権会社ではなくイラストエージェントから
          TVCFは2本、ローカル局でしたが仕事になりました。

           
          大阪の版権会社の仕事のことはこれで終わりですが
          他社からのキャラクターの仕事のことはまだ描き足りていないので
          続けます

           
          キャラクターデザイン、パッケージイラスト
          (愛媛県酪農協同組合(ラクレン)・乳酸飲料パッケージキャラクター)
          現在、契約解除ライセンシー求む!
          (C)KAWANO RYUJI

          JUGEMテーマ:お仕事のイラストレーション&デザイン


          キャラクターコンペから仕事が・・

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            大阪にある版権管理会社のコンペに入賞してから
            その会社から、色々なお話が来ました。
            初めてまともなライセンス契約です。
             
            20代、30代の前半はキャラクターの仕事が決まっても、契約を交わすというか
            普通のイラスト制作料みたいなことをやっていたので
            まともなライセンス契約にサインするのは初めてでした。
            その辺から著作権の勉強をはじめた。
             
            繊維会社のカットソーの布地のキャラクター契約が2件決まりました。
            このロイヤリティーが毎月うろ覚えですが、2万ぐらいは続いたかと思います。
            だいたい販売価格の2.5%が私の取り分というのが多かったですね
            版権会社が2.5%でクライアントがキャラクターのロイヤリティーが5%という計算になりますね。

             
            その後、衣料メーカーから当時流行っていたアメリカンカジュアルのブランドを作ると
            言って、世界観は向こうが指定して来ましたから、これを膨らませてイメージを
            作りました。(掲載イラスト)
            この仕事は今でも覚えていますが
            アイテム数が半端でなく次々と出していくので契約でサンプル品が毎月段ボール箱で送ってくるように
            なり、確か当時毎月10万ぐらいのロイヤリティーは発生して1年ぐらいは売り上げは続いていました。
            1年後、商品アイテムが開発されなくなり、売れなかったのでしょうか?
            ロイヤリティーもほとんどなくなり生産も中止されたようです。
            契約はのちに版権会社に聞くと切れたとか・・

             
            毎月10万とかの不労所得が夢でしたので、つかの間の夢は1年間観れたことに感謝すべきかな?

             
            この版権管理会社でやった仕事の最後にパッケージ、アニメーション、TVCM,
            グッズなども含む
            仕事が舞い込むのですが、また長くなりますので明日にでも・・・続きます。
             
            キャラクター イラスト 

             
            キャラクター イラスト 
            (C)KAWANO RYUJI
            衣料品メーカー・契約キャラ(現在契約解除)

            UGEMテーマ:ストックイラストの紹介


            キャラクターの事など_01

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              やはりキャラクターの仕事の事も少しは書かないと。
               
              30代の夢はキャラクターのライセンスで大儲けでしたね。
              お金、云々というより、キャラクターを考えることが好きで、(もちろんお金もほしいですが)
               
              暇があれば鉛筆でラフを描きためていました。
              好きなキャラクターがあればスクラップもしてたし、
              キャラクターのバックストーリーを作るのも楽しかた。
              忙しい普段の仕事の切れ目切れ目に描いていました。
               
              やはり、好きだけでは物足りなく、商品化のことを常に考えていました。
               
              求人広告にフリーのキャラクターデザイナー募集はほとんど行った。
              直接アポとって行ったのはもう会社の名前が変わっていると思いますが
              ソニーCPとか学研のライセンス部門(名前忘れました)とか直接売り込みに行った。
              電話すれば会ってはくれましたが大手の版権会社はほとんど、自社デザイナーを抱えて、
              なんかそこに入り込む余地が内容に感じました。
              よほど、斬新で心動かすキャラを持っていれば別なんでしょうが・・・
               
              ある日、文具メーカーとしては中小企業でしたがB社(今は倒産)から電話があり
              展覧会で私のイラストをみたらしく、会社に遊びに来ないかと
              誘われました。
              (今は、展覧会やってもクライアントはほとんど仲間が取引しているクライアントがくるだけですが
              それさえもも少なくなってきた)
               
              私は中小企業と言ってもメーカーですから、商品化の夢に乗って
              すぐに飛んで行きました。
               
              お話は、毎月2回新商品の企画会議があってそれに合わせて、キャラクター提案してほしい
              というものでした。納品はかなりきちっとしたダミーで作るというものです。
              当時、100円ノートが各メーカーから売り出され
              それでアイテム増やしていくかの実験をしていたみたいです。


              プレゼン1点で4万円ぐらいだっと思います。(よく覚えてないが)
              毎月の普通の仕事をやりながら、アイデア出しつつ月に2回出すのはかなりしんどい作業でしたが
              自分の夢が体と頭を動かしていましたから、苦痛はあまりなかったですね。

               
              月に2回会社にプレゼンダミーを納品、そして前回の結果を聞き、色々アドバイスを受ける
              そしてまたプレゼンダミーを作るという繰り返しを2年ぐらい続けたでしょうか?
              結果的に2冊の100円ノートが発売されましたが・・
              それほど売れず、1年ぐらいで在庫なくなれば発売中止で 2年も通えば、企画部長とかは親密になりましたし、帰りにいつも
              会社の近くの喫茶店でコーヒーをご馳走になりながら、色々情報を聞き刺激も受けましたが
              当時、私はファンシーグッズの業界紙を2誌購読してたし、聞かされる情報もそれほど新鮮味もなくなりつつあり・・
              2年通って、会社企画のプレゼン資料のイラストなども頼まれ、
              月にそこからの仕事は10万ぐらいになっていました。
               
              でも長い間、なかず飛ばずですと、作業自体が嫌になり、
              わけのわからない理由をつけては今月の企画会議のプレゼンはできないとか
              断る回数が増えてきて、だんだんとその会社から遠ざかって行きました。
              その後、キャラクターの一般公募のコンペがあると積極的に出していました。
              大阪の版権会社のコンペでキャラクター最優秀賞を頂いた時からその版権会社との付き合いが始まり
              後に大きな仕事をいただくのですが・・
              それはまた明日にでも描きます。
              毎日、こういう文章を書いてますと、色々思い出して懐かしさ込み上げてきます。
              こういう懐古録みたいの書き出すと、現役終わったような感じもして複雑です。(終わってるか・・汗)

               
              マスコットキャラクター、イラスト
              (C)KAWANO RYUJI
              北越銀行マスコットキャラ(現在未使用)

               

              JUGEMテーマ:ストックイラストの紹介


              ある友人とのユニット活動やクリエーターの集まり

              0
                50代のことを書き始めようとしましたら、まだ30代前半にやっていた事を書き忘れていました。
                 
                キャラクターの開発に力を入れてた時期でもありますが、キャラクターの事は色々ありますので
                別の機会に書きます。
                 
                仕事ではないのですが、30代の前半に友人にコピーライターとプランニング、イラストと
                マルチにフリーで活動していた友人が居まして、その友人と「IF(いふ)」というユニットを作り
                2人であらゆるコネやお互いのクライアント、求人広告、アポありの飛び込み営業など
                彼がプランニング私がビジュアル担当みたいな感じで3ヶ月ぐらい動いた事がありました。
                 
                最初に行ったのは今でも覚えて居ますが当時五反田にあったサンリオでした。
                カードを作る部署だったと思いますがよく覚えていませんが
                 
                変わったカードのプランニングを3点ぐらいプレゼンしたことを覚えています。
                結局、採用仕事にはなりませんでしたが、その時にリアルのイラストを描いてた
                共通の友人がいてその人の作品は2〜3点、仕事になったようです。

                 
                ホーム用品メーカー、Tシャツメーカー、広告代理店
                編集プロダクション、などなど、ほとんど忘れましたが
                毎週3社ぐらいは2人で営業に回りました。

                 
                なんだかフリーの孤独感はないし、毎日楽しかったのをお覚えています
                その後、結局、企画が採用されることなく
                イラストだけが私に仕事がくるようになり
                2人のユニットはなんだかギクシャクしてきて
                活動は自然としなくなりました。

                 
                彼との友人関係は決して壊れたということではなく
                その後も3年ぐらいは続きましたが
                彼が田舎暮らしの半自給自足生活みたいなことを始めて、
                地方に処点を置くようになり、今から見るとかなり時代を先取りしてたような気もしますが
                その後、連絡も取れなくなり、もう今ではどこで何をしているのか全く消息は掴めないです。

                 
                一生良き友として付き合っていけると思いましたが・・・
                人生うまくいかないものです。
                商品開発など消費者目線で切り口を見つけていく企画の手法や斬新な企画書など
                色々、勉強になり、その後の自分の考え方への影響は少なからずありました。
                 
                彼は毎月、六本木にあった英国式パブのスタンディングバーに
                クリエーターの集まりを作って毎月色々な方と知り合いになれたのは
                良き思い出でもあり、フリーの生活に色々良い影響はありました。
                人間関係からも結構仕事も入るようになり・・
                フリーランスは人間関係は豊かであればあるほどいいです。
                 
                今は、2年前の手術の後遺症もあり、まともに仕事してなく経済不安もありますので
                人間関係停滞の時期がもう3年は続いています。
                その後40代後半からの体調の変化が影を落としていくのですが
                2年ぐらいでなんとか回復して
                また違った展開をしていくのですが
                 
                ブログの読者は時系列で書いてないのでわけがわからないでしょう。
                自分の記録をつけたいと思って書き始めましたから
                お許しください。
                また続きます・・・
                人物イラスト、集合イラスト、集合写真、ストックイラスト
                (C)KAWANO RYUJI
                イラスト コピースペース 人々 人物 人生 保険 医療 市民 暮らし 消費税
                 生活 町内会 社会保障 税金 組合 老後 老若男女 自治会 街 集団

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                児童出版の仕事が・・かなり・

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                  絵本の講座や仲間と勉強会活動(飲み会?)をしている時期に
                  新宿でばったりと昔の友人に会い、色々話す。
                  友人は童画の仕事で活躍していた。
                   
                  友人は日本児童出版美術家連盟に所属していて、私にも加盟を進めてくれた。
                  絵本を作っている事や絵本の仕事と同時にキャラクター開発の仕事もやっていましたので
                  著作権の勉強を始めていた時期でしたので、
                  作家の権利を守る団体ということや、絵本業界の情報収集(ネットのない時代でした)や
                  同じフリーランスの仲間を広げたいという目的で、すぐに加盟した。
                   
                  仲間は知り合いが2人いた事からすぐに広がった。
                  当時、グループ展が盛んだった。7人の仲間で会を作り展覧会を年に1回はやった。
                  その他に、色々なグループから誘われるままに多いときは年に10回やった時もあった。
                   
                  加盟時にたまたま連盟の作品集みたいなものが制作されていて、そこにうまく載れた。
                  各出版社に無料で配布したり、会員の展覧会で売られたり、小さな業界ですから広範囲に広まったのでしょう。

                   
                  も重なってか、児童書の仕事が飛躍的に増えた。
                  私の作品はエアブラシで描いてその上にロットリング、ラインを描き、細かな彩色はカラーインクやパントーンを貼る
                  スタイルで、広告業界では珍しくはないエアブラシは児童書ではまだ珍しく
                  上手い人は3人ぐらいしかいなかったし、新鮮に映ったのか、またグループ展や作品集の効果もあり、
                  仕事は今まで暇だったのが一気に忙しくなり、ここで
                  蓄積も目減りし出したので時間のかかる絵本創作はまた中断。
                  広告と比較すると出版の仕事は料金はかなり安く、それでも書籍に自分の名前が乗るのは嬉しかった。
                  しかし、本当に自分は子供の絵が好きだったのか今でも疑問に思う。
                  キャラクター制作は好きだったので可愛いものは得意だったから
                  その時はそういうことは気にもならなかった。
                   
                  でもそういう自分の本質が40代の後半になって
                  多忙のピークの時に体調を崩して行くことになるとはまだ思ってもなかった・・・
                  とにかく40代は仕事のピークで・・・50代に向かうその後は色々あった。
                  続きますよ〜

                   
                  童画、イラスト、子供のイラスト、新緑
                  (C)KAWANO RYUJI
                  イラスト コピースペース タイトルバック ベクター 初夏 四季 
                  子供 家 小鳥 木 植物 白バック 緑 背景素材 自然 
                  ;
                  自転車 草原 走る 遊ぶ 野山
                   

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                  絵本を真面目に描いていた頃・・

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                    カルチャーセンターの絵本講座に通ってたのは
                    前日の記事で3年通ったと書いたが、講座仲間と勉強会やらグループ展
                    同人誌発行など5年はやっていたような記憶がある。
                     
                    40代でまだ気力体力もあったので、
                    よく活動してたなと思う。
                    当時の仲間はみなさん、イラスト関係ではなく普通の職業の方々でした。
                    いまだにお付き合いのある方々は、それぞれ児童出版社で絵本を出版している。
                     
                    私も出版までこぎつけたが、結局文章作家がいてそれにイラストをつけた
                    いわゆる共著でした5冊ぐらい出したでしょうか?
                     
                    あの頃の講座は毎週絵本のラフのダミーを作っていき
                    それをみんなで批評しあい、最後に先生がまとめるというスタイルでした。
                    仕事が減った分、時間がありましたから、毎週のようにダミーを作っていましたが
                    少しづつ書き直しては、綺麗に描き起こし
                     
                    絵本の出版社に売り込みをはじめましたが、
                    やはり、甘くはなく、各出版社に共通に言われたのは
                    絵はできているが、特に目を惹く新鮮さもないし
                    すぐに出版してもおかしくはないが、特に出版する必然性がないということです。
                    編集者が出して見たいという強い個性が絵本になかったのかと思う。
                    逆にイラストのファイルも一緒に持って行ったので、そちらに興味を示し
                    コピーを置いて行って欲しいと何度となく言われた。
                    売り込むものが絵本なのに、ついでに持って行ったイラストファイルの方が
                    興味を持たれるのは内心、売り込みかたを失敗したと思いました。
                    印象が薄れたかも・・・
                     
                    絵本はイラストレーションと根本的に違う。
                    絵がどうのこうのというより、何を読者に新鮮に伝えたいかということで、
                    今更、出回っている亜流を出すなら需要が計算できる作家に依頼した方が
                    安全だという出版社の営業計画は理解できる。
                     
                    絵本を出版したいというイラストレーターは多いが
                    実際、あまり勉強してないし、ダミーの一つも書いてない人が多い。
                    イラストサンプルのファイルを持ち歩く人は多いが絵本のダミーを持ち歩いている
                    イラストレーターはあまり見たことなかったですね。

                     
                    絵本を作っていくモチベーションは駄目押しされても、しつこくあったが
                    のちに現れるFLASHという当時マクロメディアから出ていたソフトに出会い
                    急速にアニメーションに心が動いた
                     
                    この話もまた描きますね。
                     
                    またまた、続く・・・

                     
                    絵本、イラスト、ダミー、出版
                    (C)KAWANO RYUJI
                    イラスト ベクター 図書館 図鑑 子供 学校 小学生 
                    本 男の子 白バック 絵本 読む 読書
                     

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                    時間を手にいれた時期

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                      日本経済のバブルが終わり、一気に広告の需要が減った。
                       
                      企業が一番、最初に予算縮小する部分は人件費、広告費でしょう。
                      その波がもろに仕事にきた。
                       
                      2社のエージェトがくる仕事は激減した。毎週のようにあった仕事が
                      ほとんど来なくなる。
                       
                      私は広告のイラストの理不尽な修正やらクライアントの趣味趣向によって
                      振り回される仕事に嫌気がさしていたので
                      仕事が減っても内心、なんだか仕事が来なくなったのを喜んでいた。
                       
                      生活も今までの蓄積があったので当分は食べていけると思ったから
                      今までできなかった、趣味の世界を楽しむことにした。
                      仕事は全くなくなったわけでもなく
                      多少はあったし・・

                       
                      仕事の忙しさで希薄になっていた人間関係も取り戻したかったし
                      新たな人間関係も欲しかった。

                       
                      手っ取り早く、人間関係を作るのは
                      カルチャーセンターだった。
                      当時、色々、釣り、、絵本講座、ゴルフ、話し方教室、管理者養成講座、テニスクラブ・・
                      スポーツジムにも通った。
                      結局、一番長く通ったのは絵本講座だった。
                      3年は通っただろうか?やめてからも絵本勉強会を作って、絵本の同人誌、やグループ展
                      などもよくやった。
                      今も当時の同期の人たちとの交流は続いているが、ほとんど飲み会交流になってしまったが
                      良き仲間という関係で今後も続いていくでしょう。
                      話し方教室、管理者養成講座は後に創設するe-spaceというイラストレーターの運営に役に立ったと思う。
                      釣りの趣味はルアーですが、当時、ロッドやリールはほどほどの良いものを買ったので
                      今でも使えるし、これもやってよかったと思っている。
                      しかし、最後に友人と多摩川の管理釣り場に行ったのと今の家の近くの
                      荒川の支流近くにニジマスのルアー釣り場があり
                      2回行った切りで、ほとんどその後、機会もなくほとんどやっていない。
                       
                      絵本のことも少しは書きたくなってきたので
                      またこの回顧録を続けます。
                       
                      釣り、ルアーフィッシング、イラスト、老後m」趣味、老人イラスト
                      (C)KAWANO RYUJI
                      イラスト スポーツ ベクター ルアー レジャー 休日 楽しみ 
                      渓流 白バック 老人 老後 趣味 釣り 魚
                       

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